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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)3835号 判決

原告 小川工務株式会社

参加人 趙元基

被告 崔泰一

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、参加人は被告に対し、原被告間の東京都建設工事紛争審査会昭和三八年(仲)第一号建築工事請負代金請求に関する仲裁申請事件の仲裁判断に基いて、別紙目録記載の金員の支払いと、同目録記載の物件の引渡しの強制執行をすることができる。

三、訴訟費用は、参加人と被告との間では被告の負担、原告と被告との間では、訴訟費用はこれを四分し、その三を被告のその一を原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨およびその答弁

(一)  原告 「原告は被告に対し、原被告間の東京都建設工事紛争審査会昭和三八年(仲)第一号建築工事請負代金請求に関する仲裁申請事件の仲裁判断に基いて、別紙目録記載の金員の支払いと、同目録記載の物件の引渡しの強制執行をすることができる。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(二)  参加人 主文第二項同旨および「参加による訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(三)  被告

1  (本案前の申立)「原告の訴および参加人の参加申立は、いずれもこれを却下する。」との判決を求める。

2  (本案に対する答弁)「原告および参加人の請求は、いずれもこれを棄却する。」との判決を求める。

二、原告の請求原因

1  原告を申請人、被告を被申請人とする東京都建設工事紛争審査会昭和三八年(仲)第一号建築工事請負代金請求に関する仲裁申請事件において、昭和四〇年三月三一日右審査会の仲裁委員田島正男、同東季彦および同小田川利喜は仲裁人として、左の主文により仲裁判断(以下本件仲裁判断という。)をした。

被申請人(被告)は申請人(原告)に対し、金五、二九六、六六〇円およびこれに対する仲裁判断書到達の日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払い、かつ、別紙目録記載の物件を引渡せ。

申請人(原告)のその余の請求を棄却する。

仲裁費用は各自の負担とする。

2  右の仲裁判断書の正本は昭和四〇年四月三日被申請人被告に送達された。

3  右の仲裁判断手続は、原被告間の請負契約における建設業法による仲裁に付する旨の合意に基いて行われたものであるところ(同法第二五条の一五第一項第二号)、被申請人被告は右の仲裁判断書の送達を受けた日から同法第二九条の一九第四項に定められた二週間以内に、東京都建設工事紛争審査会に異議の申出をしなかつたから、同条によつて本件仲裁判断は確定した。

4  本件仲裁判断書の原本は、東京地方裁判所民事第二一部に寄託されている。

三、参加人の参加の理由

(一)  原告の請求原因1ないし4と同旨。

(二)  原告は参加人に対し昭和四〇年六月二二日本件仲裁判断の対象となつた原告の被告に対する債権を譲渡し、同月二八日到達の書面で被告に対し右の譲渡を通知した。

四、被告の本案前の申立の理由

(一)  (仲裁判断取消事由の存在)

本件仲裁判断には民事訴訟法第八〇一条第一項第一号に該当する左の取消事由があるから、同法第八〇二条第二項により、本件訴および参加申立は却下すべきである。すなわち、原告は本件仲裁判断手続において、原被告間の請負契約に基づく請負代金等の請求として、被告に対し金八、〇〇〇、〇〇〇円の支払を命ずる旨の仲裁判断を求めたにすぎない。しかるに仲裁人は右請負代金等として金一〇、六七三、七一〇円の債権を認めたうえ、被告の反対債権金五、三七七、〇五〇円による相殺により、右の原告の債権が対当額において消滅したとして、残額金五、二九六、六六〇円の全額の支払を命じた。以上のとおり仲裁人は、原告の申立がない請負代金等の債権についても、相殺の対象として審理判断したものであるから、不告不理の原則に違反しており、民事訴訟法第八〇一条第一項第一号該当の取消事由がある。

(二)  (訴の利益、当事者適格の不存在)

1  原告は本件仲裁判断の対象となつた権利を参加人に譲渡してこれを喪失したものであるから、執行判決を求めるべき訴の利益を有しないので、原告の訴は却下すべきである。

2  民事訴訟法第八〇〇条によつて明らかなとおり、本件仲裁判断の効力はその当事者である原被告間においてのみ生じ、当事者ではない参加人にはなんらの効力も及ばないから、参加人は本件仲裁判断の執行判決を求める当事者適格を有しないので、本件参加申立は却下すべきである。

五、請求原因および参加の理由に対する被告の答弁

原告の請求原因1および4の事実(参加の理由(一)の事実のうち、原告の請求原因1および4にあたる事実)、ならびに参加の理由(二)の事実は認める。

六、抗弁

1  原告は別紙手形および小切手目録〈省略〉各欄記載-ただし同目録番号3ないし13、16ないし18の各振出日欄、同目録番号17の受取人欄を空白とし、同目録番号20および21の振出地欄は、東京都とのみ記載し区名を空白として、-の約束手形一九通および小切手二通(以下本件手形小切手という。)額面合計金五、七八九、一〇〇円を振出した。

2  被告は昭和四〇年一〇月一日頃右の空白欄を、同目録各欄記載のとおり補充した。

3  同目録20記載の小切手については昭和三六年一一月二〇日、21記載の小切手については、同年同月二九日それぞれその支払人が右小切手の呈示を受けたが支払を拒絶した旨の宣言が記載されてある。

4  同目録各欄記載の受取人または裏書人は、昭和四〇年四月五日それぞれ当該約束手形および小切手を被告に対して裏書した。

5  被告は現在本件手形小切手を所持している。

6  被告は昭和四〇年一〇月一一日の本訴口頭弁論期日において、本件手形小切手債権と、本件仲裁判断による金五、二九六、六六〇円の金員支払債務とを、対当額で相殺する旨の意思表示をした。

七、抗弁に対する原告および参加人の答弁

1  抗弁1、2(ただし被告が補充した日は昭和四一年五月以降である。)、3および5の事実は認める。

2  抗弁4の裏書の事実は知らない。かりに裏書の事実があつたとしても、その裏書の日は、原告から参加人に対する債権の譲渡を通知した昭和四〇年六月二八日より後である同年七月五日である。またかりに右裏書の日が被告主張の四月五日であつたとしても、その裏書は期限後の裏書であるから、それによつて本件手形小切手債権の譲受を参加人に対抗するためには、指名債権譲渡の対抗方法である譲渡の通知を必要とするが、各譲渡人(裏書人)の譲渡通知がなされたのは同年七月五日であるから、被告の本件手形小切手債権による相殺は参加人に対抗しえない。

八、原告および参加人の再抗弁

(一)  (本件手形小切手債権の放棄および譲渡禁止の特約)

1  本件手形小切手の前所持人である訴外佐川光開他三名は、いずれも原告の下請業者であつたものであるが、昭和三六年一一月二〇日原告が手形の不渡を出して倒産したので、原告は右訴外人らから債権の申出を受けて、債務の整理確定および支払方法の協議を行つたところ、右訴外人らが原告から振出を受けていた手形、小切手の中には、原告が手形の書替に際し回収し忘れた旧手形であつて、原告に支払義務がないものや、下請代金の前渡金として交附したが、右不渡倒産時には訴外人らにおいて未だ全く工事に着手していないか、あるいは前渡金額に見合うだけの工事が行われていないものがあつた。そこで原告と右訴外人らは協議のうえ、右倒産日以後の工事については、新会社訴外株式会社小川工務店が原告の地位を引継ぎ訴外人ら下請人に対して工事代金の支払義務を負うこととし、原告の債務額は、右倒産時前の工事出来高により代金額を算定し、手形の書替については原告の帳簿と照らしあわせて原告の支払義務あるものを確定する方法により清算した結果訴外佐川に対しては金一、六四〇、〇〇〇円、同堀越に対しては金一、四四〇、〇〇〇円、同有限会社小島製作所に対しては金一、四六三、〇〇〇円、同合資会社丸正に対しては金四七七、〇〇〇円のそれぞれ原告の支払義務が確定された。

2  そこで原告は、訴外佐川との間では同三六年一一月一〇日、同堀越との間では同月一一日、同有限会社小島製作所との間では同年一二月一二日、同合資会社丸正との間では同月一一日、それぞれ右契約の日に当該債務額の一割を現金で、二割五分を第三者振出の約束手形により支払い、残額の六割五分については、同三八年二月までに訴外株式会社小川工務店と右訴外人らとの間の協力により、支払の具体的見通しがつけば、書面をもつて支払の意思表示をする旨約束したのである。

3  右のように当時訴外佐川らが受取つていた手形、小切手の中には、額面の全額あるいは一部について原告の支払義務がなかつたものが含まれていたうえ、前項の支払方法に関する契約は、原告の負担する債務額を一定割合により支払つていくもので、個々の手形、小切手について支払を約束したものではなかつたので、原告と訴外佐川らはそれぞれ前項の契約において、すでに原告が振出していた手形、小切手については、一切訴外佐川らにおいて債権を放棄して手形、小切手金を請求をせず、原告に返還し、これらの手形、小切手を他に裏書譲渡しない旨を約束した。よつて期限後に本件手形小切手の裏書を受けた被告は、原告から被告の前所持人たる訴外佐川らに対する右の人的抗弁の対抗を受け、本件手形、小切手債権を請求しえない。

(二)  (本件手形小切手の原因債権の消滅)

1  別紙手形小切手目録11および12の約束手形二通合計金三二〇、〇〇〇円は、その満期頃書替えて、書替手形はその後原告において支払つており、右各手形は書替に際して原告に回収されなかつたものである。

2  同目録14ないし17の約束手形四通合計金二、〇〇〇、〇〇〇円は、朝鮮人教育会第三校建築工事のサツシユ工事代金等として、訴外有限会社小島製作所に宛てて振出したものであるが、前記原告の不渡倒産当時、右のサツシユ工事等は未だ着手されていないから、原告にはその代金支払義務はない。

3  同訴外会社は同三八年二月頃原告に対し、全ての債権を放棄する旨意思表示をした。

4  訴外合資会社丸正に対する原告の残債務六割五分については、訴外株式会社小川工務店が原告のために昭和三七年三月二六日額面金一〇、〇〇〇円の約束手形を振出したことを最後として全額完済した。

(三)  (時効)

本件手形小切手債権は、被告がその裏書を受けたという昭和四〇年四月五日にはすでに、手形についてはそれぞれその満期日から三年を経過し、小切手についてもそれぞれの呈示期間経過後六ケ月を経ているから、時効によつて消滅しており、原告は昭和四一年一二月一〇日の本件口頭弁論期日に右時効を援用した。

九、再抗弁に対する被告の認否

(一)  再抗弁(一)の事実のうち、被告が本件手形小切手を期限後に裏書を受けた事実は認めるが、この債権の放棄および裏書譲渡禁止の約束に関する事実は否認する。本件手形小切手は原告および参加人主張の約束の対象とならなかつたものである。

(二)  同(二)の事実を否認する。

(三)  同(三)の事実のうち、本件手形小切手債権が消滅したとの主張は争うが、その余の事実は認める。

一〇、再々抗弁

(一)  (時効の中断、時効利益の放棄)

1  訴外佐川は別紙手形小切手目録1ないし4の約束手形四通につき、最終的には昭和四〇年二月原告会社代表取締役安原章介に対して、手形の書替を請求したところ、同人は書替をしなくとも必らず支払う故暫らく支払いを猶予せられたい旨述べて右の手形債務を承認した。

2  訴外堀越は同目録5ないし10の約束手形六通につき、最終的には同年四月右安原に対しその支払を求めたところ、同人は支払の猶予を求めて右の手形債務を承認した。

3  訴外有限会社小島製作所代表取締役小島照明は、同目録11ないし17の約束手形七通につき、最終的には同年七月右安原に対しその支払を求めたところ、同人は支払の猶予を求めて右の手形債務を承認した。

4  訴外合資会社丸正東京支店長佐藤俊市は、同目録18、19の約束手形二通および20、21の小切手二通につき、最終的には同三九年三月右安原に対しその支払を求めたところ、同人はその支払の猶予を求めて右の手形小切手債務を承認した。

(二)  (利得償還請求権による相殺)

1  かりに右の承認の事実が認められないとすれば、本件手形小切手債権は原告の時効の援用により消滅した。

2  右手形小切手は別紙手形小切手目録各欄記載の受取人あるいは裏書人が、原告に対する請負代金債権の支払いを受けるために原告から振出しを受けたものであるから、右の時効消滅により、原告は額面金額と同額の利得を得た。

3  右による利得償還請求権は、前記の裏書により被告が取得した。

一一、再々抗弁に対する原告および参加人の答弁

(一)  再々抗弁(一)の事実を否認する。

(二)  同(二)2の原告が利得を得たとの主張は争う。

一二、証拠〈省略〉

理由

一、(仲裁判断の成立、送達、確定および寄託)

原告の請求原因1および4の事実(参加の理由(一)のうち上記の事実)は弁論の趣旨ならびにその方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認られるから真正に成立したものと認むべき仲裁判断書正本(甲第一号証)により、2および3の事実(参加の理由(一)のうち上記の事実)は、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき、昭和四〇年五月一一日付東京都建設工事紛争審査会会長小林政一作成の証明書(甲第一四号証)によりそれぞれこれを認めることができる。

二、(仲裁判断取消事由の存否)

(一)  被告は仲裁判断の取消事由があるときは、当該仲裁判断の執行判決を求める訴を却下すべきである旨主張するが、取消事由の存否は執行判決請求事件の本案において判断すべきであつて、右の主張は採用しえない。しかしながら、被告の右の点に関する主張は本案における主張としても解しうるので、以下に取消事由の存否について判断する。

(二)  成立に争いのない甲第一号証によれば、本件の仲裁人は、申請人である原告が東京都品川区五反田一丁目二七六番地鉄筋コンクリート造地下二階地上五階建ビルデイングの地上三階までのコンクリート打上げ工事費用等の請求として、金一六、三二二、二二七円のうち金八、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求める申立をしたのに対し、原告の取得すべき工事費用等の請求権の金額を認定し、被申請人である被告から主張のあつた立替金等の反対債権の存在およびその金額を判断したうえ、原告の右工事費用等の請求権の残額は右の反対債権による相殺の結果、金五、二九六、六六〇円であるとして、その全額を認容し、原告の申立てた金八、〇〇〇、〇〇〇円から右の反対債権相当の金額を控除する判断をしなかつたことが認められる。

ところで仲裁人は、仲裁契約の対象である事項についてのみ仲裁判断を行う権限を有することは勿論であるが、その仲裁手続においても申立の範囲を超えて判断を下すときは、これを違法として当該仲裁判断を取消すべきである(民事訴訟法第八〇一条第一項第一号。外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約第五条第二項(c)参照)。しかし、仲裁判断手続には、民事訴訟手続におけるような厳格な手続が要求されているわけではないから、右の申立の範囲を特定するについては、相手方当事者に対して不意打とならない限度において、手続内における当事者の主張の全体を勘案して決することができるものと解すべきである。

そこで本件についてみると、前記の仲裁人の判断過程から明らかなとおり、本件の仲裁人は、申請人が金八、〇〇〇、〇〇〇円を上限として、この金額に満つるまでの工事費用等の支払を求めているものと解して、仲裁判断事項の特定を行つたものと認められるが、申請人の申立自体において、右の趣旨が明示されているものと認むべき証拠はない。しかし前記の通り、申請人(原告)は被申請人に対し金一六、三二二、二二七円の工事費用等の請求権があると主張し、内金八、〇〇〇、〇〇〇円の支払を求め、その差額を請求しない理由については格別触れるところがないのであつて、かかる場合申請人の主張は、相手方の弁済、相殺等債権の一部消滅の主張を予想して一部請求をするものと推測されないこともないし、前記甲第一号証によれば被申請人は申請人の請求権の全額を争い、しかも仮定的に、その請求権についての申請人の主張額をはるかに上まわる総計二四、三五一、一〇〇円の反対債権による相殺を主張しているのであるから、仲裁人が叙上の解釈によつて前記の判断をしたとしても、被申請人に対する不意打となるとは考えられないので、仲裁人の判断事項に関する解釈は正当であり、これに基づいてなされた本件仲裁判断を取消すべきではない。よつてこの点に関する被告の主張は失当である。

三、(訴の利益、当事者適格の存否)

被告は原告の請求に対しては訴の利益がなく、参加人の申立に対しては参加人に当事者適格がないとして、原告の訴および参加人の申立を却下すべきであると主張する。しかしながら訴の利益および当事者適格は、それぞれの請求の訴訟物そのものによつてその有無を判断すべきところ、原告は本件仲裁判断に基づく原告の被告に対する請求権の強制執行につき、認可を求めているのであるから、訴の利益を有することは明らかであり、また参加人も本件仲裁判断に基づく被告に対する請求権が、参加人に承継されたとして、その強制執行を参加人のために認可する旨の執行判決を求めているのであるから、これまたその当事者適格を肯定すべきであつて、被告のこの点に関する主張は採用しえない。

四、(仲裁判断の効力の主観的範囲)

(一)  参加の理由(二)の事実は、原被告および参加人間に争いがない。よつて原告は本件仲裁判断の後にこれによつて確定された権利を参加人に譲渡して、その権利を喪失したことが明らかであり、従つて原告の請求は失当として棄却すべきである。

(二)  そこで右の権利の譲受人である参加人に、執行判決請求権が認められるか否かについて検討することとする。まず、執行判決請求権が仲裁判断の効力の及ぶ者に対し、またはその者のために与えられるべきことは、仲裁判断を判決と同一の効力あるものと定めた民事訴訟法第八〇〇条と同法第四九七条の二第一項の規定に照らして明らかである。

しかして一般に仲裁判断は国家裁判権の行使としての判決とは本質的に異なり、一私人の行為にすぎないにもかかわらず、右のように同法第八〇〇条がこれを確定判決と同一の効力を有するものと規定したゆえんは、権利義務の主体として自己の権利関係の争いを自からの手で解決する権能を有する当事者が、この権能に基づき争いの解決を第三者たる仲裁人に委ね(同法第七八六条)、しかもその判断手続に関与して自己の攻撃防禦を尽した以上(同法第七九四条第一項、第八〇一条第一項第四号)、その結論たる仲裁判断は、当事者の自治的紛争解決権能のあらわれであるから、これに拘束力をみとめて、その内容の当否を再び審査しない旨を明らかにしたものに他ならない。

従つて、仲裁判断の拘束力の本体は、和解等の自治的紛争解決の場合と同様に、係争権利関係に対する実体法上の確定力にあるものということができ、訴訟法は右の確定力を容認するとともに、これを基礎として執行力等の訴訟法上の効果を附与したものと解するのが相当である。しかして右の確定力が、まずなにをおいても権利関係の主体である当事者に及ぶことは明らかであるが、権利関係そのものに加えられた右の確定の効果は、その後その主体に変動があつても、なお存続するといわねばならないから、仲裁判断の後に権利義務を承継した者も、前主である当事者と同様に、右の確定力を受けるものというべきであつて、同法第八〇〇条が特に「当事者間において」という文言を付加したのも、仲裁判断の効力に関して右の原則上基本的な効力範囲を示したに過ぎないものと解することができる。これに反し右の文言を限定的に解するときは、仲裁判断によつて自己に不利益な判断を受けた当事者が、自己の権利または義務を他に移転することにより、あるいは、たまたまその相手方当事者がその権利または義務を他に移転したことにより、容易に仲裁判断の拘束力を免がれうることとなつて、紛争の最終的解決を目的とした当事者の合意はその目的を達成できず、また当事者の自治による紛争の解決を認めた前記の法の趣旨にも背反することとなる。

よつて本件仲裁判断後に権利を譲受けた参加人は、本件仲裁判断の効力を受ける承継人であるから、自己のために執行判決を求めうるものと解することができる。

五、(本件手形小切手債権の放棄の有無)

(一)  被告の抗弁1、2(ただし被告の補充日を除く。)、3および5の事実は被告と参加人の間に争いがなく、また証人佐川光開の証言により真正に成立したものと認められる乙第一ないし四号証の裏面裏書欄の記載部分、同堀越秀康の証言により真正に成立したものと認められる同第五ないし一〇号証の同上部分、同小島照明の証言により真正に成立したものと認められる同第一一ないし一七号証の同上部分、同佐藤俊市の証言により真正に成立したものと認められる同第一八、一九号証の同上部分、ならびに成立に争いのない同第二〇、二一号証によれば、被告は本件手形小切手をその受取人または裏書人である訴外佐川らから、裏書を受けた事実が認められる。

(二)  そこで再抗弁第(一)項の本件手形小切手債権の放棄の有無について判断する。

成立に争いのない甲第二ないし五号証の各一、二および原告代表者本人尋問の結果によれば、原告会社は建設業を営む会社であつたが、昭和三六年一一月二〇日頃手形の不渡を出し事実上倒産したので、原告会社の下請人として下請代金等の債権を有していた訴外佐川らとの間で、いわゆる債権者会議を開き債務の整理を行つたこと、その債務の整理に際し、当時原告会社から訴外佐川らに下請させていた工事については、新会社株式会社小川工務店と右訴外人らとの間で下請契約を結び新会社が下請代金の支払に任ずることとして、旧会社たる原告会社の負うべき債務を清算した等の事情があつたので、確定された債務額は、その当時原告会社が訴外人らに宛てて振出していた手形小切手の金額とは符合せず、おおむねその金額を下まわつていたこと、そこで原告会社と訴外人らは同年一二月一〇日から同月一二日にかけて協議のうえ、右の整理によつて確定した債務額を基本としてその支払方法を定め、原告会社振出の手形小切手は全部訴外人らが所持人から回収して、原告会社に返還する旨を約した念書(甲第二ないし五号証の各一)を作成し、その頃右債務額の三割五分が現金および約束手形により訴外人らに支払われたこと、以上の事実が認められる。被告は本件手形小切手債権は、右の約束の対象外の債権であると主張し、また証人佐川光開、同堀越秀康、同佐藤俊市の証言中にはこの趣旨に沿う供述もあるが、右の約束が債務の整理および支払方法の協議のうえで、原告会社との間でなされたことは証人佐藤俊市が自認するところであり、また右の念書の文言中には債権額について「(訴外人)が有する約束手形、小切手その他の債権」として包括的に表示されてあり、これになんらの限定も附されていないのであるから、念書作成日以前に振出されたことの明らかな本件手形小切手は、当然右の約束の対象となつたと認めるのが相当であつて、右の各証言はにわかに措信することができない。

しかしてすでに認定したとおり、原告振出にかかる約束手形小切手は訴外佐川らがわざわざ回収して原告に返還する旨約束されており、しかも右念書(甲第二、三および五号証の各一)によれば、その返還期限は残債務額(六割五分)の支払期限の前となつているところからみると、訴外佐川らは右の念書により原告に対する債権の一部の支払を受け、残債権を確保するのとひきかえに、原告から振出を受けた手形小切手債権を放棄して、その債権の支払を求めない旨約束したものと認められ、この認定の趣旨に反する証人佐川光開、同堀越秀康、同小島照明、同佐藤俊市の各証言は措信しえず、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

(三)  本件手形小切手の被告に対する裏書が、期限後の裏書であることは参加人と被告との間に争いがない。従つて被告は、前所持人訴外佐川らに対する本件手形小切手債権放棄の抗弁の対抗を受け、本件手形小切手金を請求しえない。

六、(結論)

よつてその余の点の判断をまつまでもなく、被告の相殺の抗弁は失当であつて、参加人は本件仲裁判断によつて確定された権利を有するものといわねばならないから、参加人の執行判決を求める訴は全て認容すべきであるが、すでに判断したとおり原告の請求は棄却すべきであるので、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 室伏壮一郎 篠清 浅生重機)

(別紙)目録

一、金員の支払

金五、二九六、六六〇円およびこれに対する昭和四〇年四月三日から支払ずみまで年六分の割合による金員。

二、物件の引渡

表〈省略〉

以上

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